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交通の快楽
 
おもちゃの乗り物博物史 都電まわり(1930年代:ブリキ、日本製)  横浜ブリキのおもちゃ博物館  館長 北原 照久氏
 
資料提供:横浜ブリキのおもちゃ博物館
 「明治期に外国製をまねて作られるようになったブリキやセルロイドのおもちゃは、精巧な職人技によって、あっという間に本家を追い越し、日本は世界でも有数のおもちゃ製造国となりました。戦前までのこうしたおもちゃは、8割までが外国向けです」(北原氏)
 ここに掲載したおもちゃも外国向けに作られたもののひとつ。ネジを巻くとゼンマイ仕掛けの路面電車が回りだす。昔、路面電車はちんちん電車の愛称で親しまれたが、これは停留場での合図に鳴らしていたベルの音に由来している。おもちゃの中央にあるベルがチンチンチンと鳴り響くのはそれを表現しているのだろう。車体には1932と記されている。おそらくは、このおもちゃが作られた年だと考えられる。
 四方にペイントされた絵柄が、また楽しい。ひとつの面には、よく見ると台座に載った銅像の足とその脇に犬が描かれているのがわかる。これはいまも上野恩賜公園にある高村光雲作の西郷さんの像であろう。西郷隆盛は生前、写真を残さなかったため、弟・従道の顔などから想像して作られたといわれ、銅像の除幕式では、本人に似ていないと奥さんからクレームがついたというエピソードが残されている。顔が描かれていないのは、そのため、というわけでもないだろうが……。
 もうひとつの面には動物園らしき場面が描かれている。西郷さんから考えると、上野動物園だろう。クマのところにBEARと英語で書かれているのは、外国向けを意識してのためであろうか。さらにもうひとつの面にはラッパを吹く兵隊さんの姿が描かれていて、軍靴の足音が高く響きはじめてきた昭和7年という時代の反映も読み取れる。
 現在、東京都内では路面電車は都電荒川線のみを残してすべて廃線となってしまったが、低公害という面から、海外では路面電車が見直されてきている。東京にもいつしか、新しい路面電車が走る日が来るのかもしれない。

back to 上野公園で開かれた第3回内国勧業博覧会で、東芝の創始者の一人である藤岡市助は、会場内に約436mの軌道を敷設して、スプレーグ式電車を走らせた。乗車料金は片道2銭、往復3銭。これがやがて、路面電車へとつながっていった。

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